関係性の質を改善すれば、ヒトは力を発揮できるのか

社員に気を遣っているのに、なぜ意見が出てこないのか
会議で意見を求めても、誰も積極的に発言しない。
管理職に判断を任せても、結局は社長の指示を待っている。
問題が起きても、社員から改善案が出てくることは少ない。
中小企業の経営者から、このような悩みを聞くことがよくあります。
経営者としては、社員が働きやすい環境をつくろうと努力しています。できるだけ話を聞き、頭ごなしに否定しないように気をつけている。社員同士の交流を増やしたり、日頃から社員に声をかけたりするよう心掛けています。
それでも、社員が自ら考えて動くようにはならない。会議では発言が少なく、管理職も積極的に意見を述べようとしない。経営者からすれば、「もっと自分の考えを持ってほしい」「会社をよくするために、主体的に動いてほしい」と感じるのも無理はありません。
この問題を考えるうえで、参考になるのが「関係性の質」という考え方です。
組織の成果を高めるためには、個人の能力や意欲だけでなく、社員同士、あるいは上司と部下の間にどのような関係が築かれているかにも目を向ける必要があります。
ただし、関係性の質を高めるという考え方には、注意すべき点があります。職場の雰囲気をよくし、社員同士が気持ちよく働けるようにすることが、必ずしも組織の成果につながるとは限らないのです。
むしろ、関係性をよくしようとする取り組みが、進め方によっては、必要な意見や異論を出しにくくし、組織の成果を損なうことさえあります。
なぜ、そのようなことが起きるのでしょうか。関係性の質を高めるとは、具体的に何を実現することなのでしょうか。
「成功の循環」が示す、グッドサイクルとバッドサイクル
「関係性の質」の大切さは、ダニエル・キムが提唱した「Theory of Success(成功の循環)」というフレームワークで述べられています。
この考え方では、組織の状態を「関係性の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」という4つの要素のつながりとして捉えます。
グッドサイクルは、「関係性の質」から始まります。
互いを尊重し、率直に意見を交わせる関係があれば、社員は多様な視点から物事を考え、理解を深めることができます。その結果、行動の質が高まり、仕事の成果も改善しやすくなります。そして、成果が上がることが、互いへの信頼をさらに強め、よい関係性を育てます。
つまり、関係性の質が思考の質を高め、思考の質が行動の質を高め、行動の質が結果の質を高める。その結果が、再び関係性に好影響を与えるという循環です。
一方、バッドサイクルは、「結果の質」から始まります。
組織が結果至上主義に陥ると、経営者は結果を出すことを最優先に考えるようになります。結果を出すために、指示やノルマが増え、ルールの強制が増えるかもしれません。失敗に対して厳しく責任を追及したり、効率を優先して社員の意見を聞く時間を減らしたりすることもあるでしょう。
その結果、社員は上司の意向を気にするようになり、率直な意見を述べにくくなります。自分で考えるよりも指示に従う方が安全だと考えれば、思考や行動も受け身になり、成果はさらに上がりにくくなります。
成果が出ないために管理を強め、管理を強めることで社員の主体性が失われ、さらに成果が出なくなる。こうして、結果の悪化が関係性や思考、行動に影響し、悪循環が形成されます。

ここで重要なのは、成果を求めること自体が問題ではない、という点です。問題は、成果が出ないときに、その原因をどのように捉え、何を変えようとするかにあります。
例えば、会議で管理職が発言しないことに不満を持った社長が、「もっと積極的に意見を言え」と要求したとします。しかし、反対意見を述べれば否定され、判断を誤れば責任を問われる環境が変わらなければ、管理職が発言を控える状況は変わらないでしょう。
あるいは、発言を求められることで、管理職は社長が望む答えを探すようになるかもしれません。表面的には発言が増えても、率直な意見交換や思考の深まりにつながらなければ、グッドサイクルが生まれたとはいえないのです。
このように、関係性の質を高めることは重要ですが、何をもって「質が高い」と考えるかが問題になります。
関係性の質を高めるとは、仲よくなることなのか
関係性の質を高めようとするとき、社員同士の交流を増やす、上司が部下を褒める、気軽に雑談できる雰囲気をつくる、といった取り組みを思い浮かべるかもしれません。
しかし、それらを実施すること自体が目的になってしまうと、本来の狙いを見失うおそれがあります。
社員同士が親しく、職場の雰囲気がよい会社でも、会議では誰も経営者に反対意見を述べないことがあります。上司と部下の関係が良好でも、部下が問題を指摘できず、上司の判断に従うだけという場合もあるでしょう。
一見すると良好な人間関係が築かれていても、仕事上の重要な問題について話し合えないのであれば、組織として十分な力を発揮できているとは限りません。

組織にとって重要なのは、意見の対立がないことではありません。意見が異なったときに、その違いを明らかにし、互いの考えを検討し、必要であれば判断や行動を修正できることです。
例えば、新しい事業への投資について、社長は前向きでも、管理職はリスクが大きいと考えているとします。このとき、管理職が懸念を口にできなければ、社長は十分な情報を得ないまま判断することになります。
一方、管理職が率直にリスクを指摘し、社長もその意見を検討できれば、投資の条件を見直したり、事前に対策を講じたりすることができます。最終的に社長の判断を変えなかったとしても、議論によって判断の質が高まる可能性があります。
反対意見を述べること自体が正しいわけではありません。根拠の乏しい批判や、相手を否定するだけの発言であれば、むしろ組織に悪影響を及ぼすでしょう。必要なのは、異論を出すことと、その異論を建設的に扱うことの両方です。
つまり、関係性の質を高めるとは、単に人間関係を円滑にすることではなく、仕事上の重要な問題について、立場の違いを越えて率直に話し合い、よりよい判断や行動につなげられる関係をつくることだと考えられます。
なぜ、社員は自分の意見を言わないのか
では、なぜ社員は会議で発言しなかったり、管理職であっても自分の意見を述べなかったりするのでしょうか。
本人の経験や知識が不足している場合もあります。考えをまとめるのが苦手な人もいれば、担当業務以外の問題には関心が薄い人もいるでしょう。
しかし、発言が少ないという現象を、本人の能力や意欲だけで説明するのは適切ではありません。社員が発言しない背景には、発言することによる不利益や、職場の人間関係に対する懸念がある場合もあります。
組織行動の研究では、社員が仕事上の問題や改善案について声を上げる「発言(voice)」と、あえて発言しない「沈黙(silence)」が研究されてきました。ここで注目したいのは、社員が発言しないという行動と、発言することに伴う対人関係上のリスクは、関連していても同じものではないということです。
例えば、管理職が会議で発言を控えている理由として、次の2つのケースを考えてみます。
一つは、発言することによる不利益を避けようとしているケースです。
改善案を出しても評価されない。「それなら、お前がやれ」と言われるかもしれない。自分の意見に基づいて判断した結果、失敗すれば責任を問われる。それならば、指示されたことだけを行い、余計なことは言わない方が得だと考えるかもしれません。
この場合、問題の中心にあるのは、発言に伴うコストとメリットの見積もりです。社員にとって、発言しても状況が変わらず、不利益だけを被るのであれば、沈黙を選ぶことには合理性があります。
もう一つは、発言によって人間関係が悪化することを恐れているケースです。
社長の意見に反対すれば、不機嫌になるのではないか。上司から能力が低いと思われるのではないか。同僚から協調性がないと見られるのではないか。こうした懸念が強ければ、本人には意見があっても、口に出すことをためらいます。
この問題に関係するのが「心理的安全性」です。心理的安全性とは、職場で質問したり、間違いを認めたり、異論を述べたりする際に、対人関係上のリスクを過度に恐れずに済むという認識に関わる概念です。
両者は、見ている側面が異なります。「沈黙」は、社員が意見や懸念を表明せずに差し控えることに着目した概念です。一方、「心理的安全性」は、質問や異論を述べたときに、無知だと思われたり、否定されたり、人間関係が悪化したりすることを、どの程度恐れずに済むかという職場の認識に関わります。発言しても意味がない、あるいは仕事が増えるだけだと考えて沈黙する場合もあれば、発言すること自体に対人関係上のリスクを感じて沈黙する場合もあります。
実際には両方の要因が重なっていることも少なくありません。また、心理的安全性が低い職場では、発言が不利益につながると予想されやすくなることもあります。
したがって、経営者が「もっと意見を言ってほしい」と呼びかけるだけでは、問題は解決しません。社員が何を恐れているのか、発言することにどのような意味があると感じているのかを見極める必要があります。
「関係性の質」を4つの観点から考える
関係性の質という言葉は便利ですが、そのままでは抽象的です。改善策を考えるためには、どのような関係を築く必要があるのかを具体化しなければなりません。
ここでは、組織の関係性を次の4つの観点から考えてみます。
相互理解:互いの考えや事情を理解できているか
仕事上の意見が食い違うとき、相手の考えを十分に理解しないまま、賛成か反対かを判断してしまうことがあります。
例えば、営業部門は売上を重視し、製造部門は品質や生産効率を重視しています。それぞれの立場や事情を理解しなければ、相手の主張を独りよがりな意見や、単なる抵抗と捉えてしまうかもしれません。
相互理解を深めるためには、相手が何を重視し、どのような情報や経験に基づいて判断しているのかを確認する必要があります。単に話を聞くだけでなく、異なる意見の背景を理解しようとすることが重要です。
相互尊重:意見の違いを、人格や能力の否定に結びつけていないか
意見が対立したとき、相手の主張を検討するのではなく、発言者の能力や姿勢を批判してしまうことがあります。「そんなこともわからないのか」「現場を知らないから、そんなことが言えるのだ」といった反応があれば、率直な議論は難しくなります。
相互尊重とは、すべての意見に賛成することではありません。相手の意見に反対する場合でも、人格を否定せず、主張の根拠や妥当性を検討することです。
厳しい指摘が必要な場合でも、何が問題なのかを具体的に伝え、改善に向けた議論ができることが重要です。
信頼:発言や判断が、適切に扱われると期待できるか
信頼は、単に相手を好ましく思うことではありません。仕事を進めるうえで、相手が約束を守る、必要な情報を共有する、発言を不当に利用しないといった期待を持てることも含みます。
例えば、会議で懸念を伝えたにもかかわらず、その後の意思決定では検討されず、問題が起きたときに「なぜ指摘しなかったのか」と責任を問われるのであれば、社員は次から発言を控えるでしょう。
反対に、発言が適切に検討され、採用しない場合にも理由が説明される組織では、社員は意見を述べる意味を感じやすくなります。
信頼は、経営者が「信頼している」と伝えるだけで生まれるものではありません。日々の対応や意思決定の積み重ねによって形成されます。
率直な対話:異論や懸念を、建設的に扱えるか
相互理解や相互尊重、信頼があっても、仕事上の意見を率直に交換できるとは限りません。互いに相手を尊重しているからこそ、関係を壊さないように異論を控えることもあります。
しかし、組織の成果を高めるためには、必要なときに反対意見や懸念を表明し、それを検討できることが欠かせません。
そのためには、異論を述べることを個人への攻撃と捉えず、判断の質を高めるための材料として扱う必要があります。提案に反対する場合は、その理由を明らかにし、代替案や実行条件を検討する。議論の結果、決定したことについては、役割分担と実行責任を明確にする。
このように、率直な対話は、単に自由に発言できることではありません。意見の違いを明らかにし、それを意思決定や行動の改善につなげることまで含みます。
この4つの観点は、互いに関連しています。相互理解が不十分であれば、意見の違いを誤解しやすくなります。相互尊重がなければ、率直な対話は個人攻撃になりかねません。信頼がなければ、発言することの意味を感じられず、対話も表面的なものになりやすいでしょう。
関係性の質を高めるためには、交流の機会を増やすだけでなく、自社ではどの側面に問題があるのかを見極めることが重要です。
関係性の質を改善するために、何を変えるべきか
では、経営者や管理職は、具体的に何を変えればよいのでしょうか。
第一に、経営者自身の反応を振り返ることです。社員に意見を求めている一方で、反対意見が出るとすぐに否定したり、発言者の能力や姿勢の問題にすり替えたりしていないでしょうか。経営者の言葉よりも、実際に異論が出たときの対応の方が、社員にとっては重要なメッセージになります。
第二に、発言がどのように扱われるかを明確にすることです。すべての提案を採用する必要はありませんが、検討した結果や判断理由を可能な範囲で説明することはできます。発言しても何も変わらないという感覚を減らし、意見を述べる意味をつくることが重要です。
第三に、会議や意思決定の進め方を整えることです。提案の目的、期待できる効果、リスク、代替案などを順に確認し、反対意見が出た場合には、その根拠を検討します。異論を述べる段階と、決定後に実行する段階を区別し、最終的な判断や責任の所在も明確にします。
第四に、管理職の役割と裁量を明確にすることです。社長が細かな判断まで行い、管理職には指示の実行だけを求めているのであれば、管理職が自ら考える機会は限られます。任せる範囲を定め、その範囲内では自分の考えを持ち、提案や判断を行うことを期待する必要があります。
これらの取り組みは、単独で実施すればよいというものではありません。相互理解が不足しているなら、互いの立場や判断の背景を知る機会が必要です。相互尊重が不足しているなら、意見と人格を切り分けて議論する行動が求められます。信頼が損なわれているなら、発言や約束が適切に扱われる経験を積み重ねる必要があります。そして、率直な対話が不足しているなら、異論を出し、検討し、意思決定につなげる場の設計が必要です。
つまり、関係性の質を改善するためには、問題の所在に応じて対処を変えなければなりません。交流や対話の機会を増やすことが、すべての会社に共通する解決策になるわけではないのです。
関係性の質を高めることは、成果を高めるための手段である
関係性の質を高めることは、組織の成果を高めるうえで重要な取り組みです。しかし、その目的を取り違えてはいけません。
社員同士が仲よくなれば、自然に成果が上がるわけではありません。上司が部下に気を遣い、否定的なことを言わないようにすれば、社員が主体的に動くようになるわけでもありません。
関係性をよくしようとするあまり、異論を避け、厳しい指摘を控え、職場の雰囲気を守ることを優先すれば、必要な議論まで失われる可能性があります。それでは、関係性の質を高めているつもりで、結果として組織の思考や行動を弱めてしまいかねません。
重要なのは、社員が自分の考えを持ち、必要な意見を述べ、互いの考えを検討し、よりよい判断と行動につなげられる組織をつくることです。そのためには、相互理解、相互尊重、信頼、率直な対話という観点から自社の関係性を捉え、どこに問題があるのかを見極める必要があります。
会議で意見が出ない。管理職が自分で判断しない。問題が起きても、社員から改善案が出てこない。
こうした問題があるとき、社員の能力や意欲を疑う前に、考えていることを率直に話せる関係があるか、発言する意味を感じられる組織になっているか、そして意見を行動に結びつける仕組みがあるかを考えてみてはいかがでしょうか。
そのために、経営者は何を変え、管理職はどのように行動し、会議や意思決定の仕組みをどう設計すればよいのか。関係性の質を高めるという考え方を実際の経営に生かすには、そこまで具体化することが必要なのです。
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